
2025/06/11
コラム
コラム ー 「成熟できない日本」 ―日本人が忘れている二つのこと― ④ 最終回
日本のあらゆるリーダーの方たちへの提案レポート
「成熟できない日本」 ―日本人が忘れている二つのこと―
今回は4つ目のコラムをお届けします。最終回となります。今回も具体的な処方箋を提案したいと思います。
目次
10. リーダーシップに裏打ちされた日本の未来を創るアクション その2... 1
デジタル投資を経営投資として位置付ける... 1
政治を取り戻す... 3
11. おわりに... 4
10. リーダーシップに裏打ちされた日本の未来を創るアクション その2
デジタル投資を経営投資として位置付ける
日本でのデジタル投資を大幅に増やすことも重要テーマだ。IDC Japanの調査によると2025年の日本のIT市場規模は26兆6412億円にも達すると予測されている。これは600兆円と見込まれている総GDPの4.4%に相当する巨額である。
ところが海外を見てみるとこの数字は見劣りする。日本の民間企業の売上高に対するIT予算比率は2020年時点で約1.0%であり、北米の3.3%、欧州・中東の2.6%に比べて大きく劣っている。
従業員1人あたりのITコストは日本企業では平均9万3710円で、デジタルエンゲル係数は4.3%。一方、米国企業では平均52万1360円で、デジタルエンゲル係数は12.7%。従業員1人あたりのIT投資額で約5倍の差がある。
政府系IT投資を見ると日本政府や自治体のIT投資額は約8000億円。アメリカでは国防省だけで約6兆3000億円、政府全体では約50兆円に達する。
これらのデータから、日本は企業規模や政府支出においても他国に比べてIT投資がかなり少ないことが分かる。IT支出は企業経営者や政府・自治体にとって「できれば抑えたい費用」になっていないだろうか。
日本のIT支出が低い理由は、まず経営者の意識不足があげられる。日本企業のトップマネジメントは、新しいIT技術やデジタル化の重要性を十分に理解していないケースが多い。特に、ITをコスト削減の手段と捉え、生産性向上や競争力強化のツールとして活用する意識が不足している。多くのCIOはコスト削減をCEOから要求されていると思うが、「どんどん投資して競争力をつけろ」と残念ながら言われることは少ないだろう。
もう一つの理由はレガシーシステムへの過度の依存だ。少なくない数の企業が古いシステム(例: COBOLなど)を使い続けており、新技術への移行が遅れている。このため、イノベーションが阻害され、IT投資が進まない要因となっている。レガシーシステム依存の背後には既存ビジネスへの固執がある。
次いでIT人材不足が慢性的であり、新しいIT技術を導入・活用する体制が整っていない。
最後にリスク回避的な文化があげられる。日本企業は新しいITソリューションを導入する際、失敗を恐れるあまり慎重になりすぎる傾向があろう。この結果、結局何も行動しない場合が多い。
さらにややこしいのは、多くの組織ではIT支出予算の中に「既存システムの運用費用・償却費用」や「セキュリティ対策費用」と「新規ITの導入費用」が混じっていることだ。
仮にIT支出予算が潤沢にあるように見えても、前者2つの費目の比率が大きすぎると守りの費用が大きく将来に向けた投資が不足していることになってしまう。「守り」と「攻め」の違いを予算面で明確化してマネジメントできているCIOは実は少ない。
そもそもデジタル投資は業務コストコスト削減を目的とせず経営投資として位置付けるべきだ。生産性の飛躍的な改善や新しいビジネスモデルをIT部門が提案していくと面白い状況が生まれてくるはずだ。
海外巨大テック企業を向こうにまわすようなITを日本が発信することは今後も極めて難しいだろう。しかしながらそのようなITを「活用する分野」において日本はリードしていくべきだし成功する可能性は高いと思う。
そのためには行政サービスのデジタル化を推し進め政府によるデジタル公共サービスの刷新と行政手続きのワンストップ化を実現することが前提となる。この前提がマイナンバーカードの利用拡大がある。
マイナンバーカードはデータ紐付けのミスでさんざん批判されたが次第に使い勝手が良くなってきている。私事で恐縮だが確定申告の準備工数もずいぶん短縮できた。今後は運転免許証との一体化をはじめとした利用シーンの拡大に加え、暗証番号の簡素化、電子証明書の機能強化などが計画されている。ダメなところを叩くだけではなく改善案の提言を通じて盛り上げていくべきだと思う。
スマホの回線利用料金の低下のおかげで日本は世界でもスマホが利用しやすい国になった。スマホと言えば若者のものというイメージが強いけれど高齢者のほうが大きな恩恵があると思う。いちいち出かけなくても買い物ができる、出かけるにしても何枚もカードを入れた分厚い財布を持たなくて済むなど実は高齢者にとってうれしいことが多い。
事実著者も最近はスマホに仕込んだ電子マネーやクレジットカードで決済することがほとんどだ。かばんも不要だなと感じ通勤も手ぶらになって混みあう通勤でも移動がしやすく安全なものになった。それでもスマホのポテンシャルのほんのわずかしか享受してない感じがする。まだまだ活用のシーンは拡大するに違いない。
日本の基幹的農業従事者数(主に自営農業に従事している人)は、2023年時点で約116.4万人となっている。これは2000年の約240万人から半分以下に減少した状況だ。
自営農家は占有する面積が少なく投資余力は少ない。経営耕地面積の規模別でみると、全国の農業経営体のうち約半数が1ha以上の耕地面積で農業を経営している。一方、北海道では10ha以上の耕地面積を持つ農業経営体が約7割で、50ha以上の耕地面積で経営する農業経営体も約6.5%ある。
日本における法人化した農業経営体の数は、2025年1月時点で約3万3,000社となっている。今後はこの流れを加速してM&Aも活用して耕地面積を増やし資本効率を上げて機械設備も投資できるよう検討すべきだ。こうすればデジタルを活用した農業生産性を向上させることもやりやすくなってくる。
介護サービスにおけるITの活用も期待できる。著者が務めるIT会社ではAIを活用してカメラ画像分析を通じて高齢者の見守りを省力化・自動化する実証実験に取り組んでいる。実用化できれば人手不足に悩む介護サービス事業者にとって大きな戦力になりそうだ。また、日本に少し遅れて高齢化が進みつつある海外各国にとって期待される分野と思う。
政治を取り戻す
日経ビジネスを読むと台湾は総統選での投票率の高さにみられるように市民の政治参加や社会変革に対する意識が強いそうだ。変革の中心にいるのが次世代を担う若い世代とのこと。台湾政治を専門とする東京外国語大学の小笠原欣幸名誉教授は「台湾の若者は社会を変えられるという手応えを感じている」と話す。日本とはものすごい違いだ。
支持獲得のため各政党が「若者重視の政策を次々と打ち出している」(小笠原氏)。その取り組みの一例が、16年に行政院(内閣にあたる)に設置された青年諮詢委員会らしい。若者の声を代表して行政機関と意思疎通を図るため、18~35歳の青年委員が最大25人選ばれる。最年少委員は20歳だ。
デジタルや起業家、教育、文化などの領域から、選考は原住民や女性比率など推薦の段階で多様性を重視するらしい。政策に関係する利害関係者などを招いた勉強会、様々な政策を担当する部会訪問などを経て、青年委員らは提案する意見を練る。
その上で、6カ月に1回、行政院長(首相)が主催する会議で提案するという流れで、その内容が実際の政策へと反映されていく。
ある青年委員は「若者が意見を発表するだけでなく、行政機関と細部まで意見をすり合わせる仕組みに価値があった」と話す。意見が採用されるまでの過程や、採用されなかった理由のフィードバックは全てオンラインで公開され透明性が高い。日本とは大違いだ。
日本でも企業が経営幹部を若手社員のメンターに任命する動きがあるが実効性は見えにくい。形式的な世代間交流で終わらせないためにも、青年諮詢委員会の例を参考にすべきだ。
11. おわりに
急速に高齢化が進む中で生産年齢人口が減少するという現実に直面し日本は自らのアイデンティティと目的に関する問いに向き合っている。
日本が真の成熟を達成し次世代への責任を果たすためには、時に不快な歴史的真実にも真摯に向き合い国家的道徳価値を再検討し並行して経済成長モデルを描くことが重要だ。
日本の成熟への道は経済的再発明だけでなく、国家の目的とアイデンティティの再想像を必要としている。この努力はやがて経済的再生と文化的成熟を車の両輪として日本を真の持続可能社会へ導くだろう。
成功の鍵は人材でありとりわけリーダーだ。あらゆる場所でリーダー人材をどのように育て活躍してもらうかが問われている。同時に価値観の明確化と共有、そして失敗から学ぶ文化の醸成は、あらゆる組織に適用すべき普遍的な改革の柱となるはずだ。
日本の再生は「道徳観・価値観をもつ市民が真のリーダーに導かれ未来を見つめて生活できる」社会の実現にかかっている。この理想に向けて、各リーダーが自らの影響圏内で変革を起こしていくことが国家レベルの変革の礎となる。
現在私はITコンサルタントとしてグローバルビジネスを進めるユーザにIT投資管理やITガバナンスを導入するお手伝いをさせてもらっているが、コンサルティング以前にここで述べたような問題とその根深さを感じることが多々ある。
本レポートで述べたような問題意識を土台としてより骨太で実効性の高いコンサルティングサービスを提供していけるように努力していきたい。
2025年6月
ベストスキップ株式会社 シニアITコンサルタント 菅宮徳也

― 著者紹介 ―
大手電気メーカでIT関連の経験を積み2024年7月よりベストスキップ株式会社にてシニアITコンサルタントとして従事。
✓ 東南アジア向けメインフレーム営業・事業企画
✓ 金融機関向けITシステム活用研究・コンサルティング
✓ 金融機関向けシステムインテグレーション事業企画
✓ 米国ITシェアードサービス拠点設立・運営
✓ グループIT・セキュリティガバナンス
✓ グループ標準アプリ開発・運用
✓ 鉄道車両・信号システム事業部門(本社は欧州)の国内CIO